銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―42話・不測の異変―



召喚されたシヴァと入れ替わりに、リトラたちの姿は異次元に一時的に滑り込んで消える。
主人の命を受け、シヴァは強烈な冷気を作り出す。
そして彼女がほっそりとした腕を正面に掲げ、指先に集めた冷気を一気に放出しようとしたその時だった。
「はぁっ!!」
シヴァが冷気を集中し終えるよりもわずかに早く、
マンティスリザードの手に出現した輝く刃がシヴァの急所を切り裂いた。
攻撃直前の一瞬の隙を突かれたのだ。
「―――ッ!!!」
シヴァが声にならない悲鳴を上げ、青い血を流しながらも幻界につながる道に逃れて消えた。
まさか召喚獣が破られるとは。
異次元から元の場所に戻った後、そう思って動揺するリトラの体を突如異変が襲う。
「な……ゲホッゴホガフッ!!!」
異変を感じたと同時に、リトラは急に激しく咳き込む。
勢いで前のめりになり、がくっと地面にひざをついてからもなお咳き込み続けた。
「リ、リトラ!?」
「リトラさん!」
明らかな異常事態。
後衛に居たペリドとジャスティスが、あわてて駆け寄る。
「ちくしょ……・シ……ヴァが……!」
咳が止んだと思った時、そのまま前のめりにばったりとリトラは倒れてしまった。
リトラの手は彼自身が吐いた血に染まり、地面もバケツをひっくり返したような血で濡れている。
かなり危険な状態だ。
「そんな……しっかりしてください!」
ジャスティスが必死に肩を揺さぶるが、意識を失っているのか、返事はおろか身動き一つしない。
倒れたときに髪についた血も、不吉な胸騒ぎを大きくする。
「これは……!早く回復魔法を唱えないと……!!」
ペリドが顔面蒼白で必死に叫ぶ。
だが、慌てた彼女の精神状態では満足に魔法を使えないかもしれない。
事態は一刻を争う。詠唱している間が惜しい。
それは、ペリド以外のメンバーも感じていたことだ。
『ヒール!』
ジャスティスとリュフタの声がダブる。
とにかく迅速に回復をすることを優先したため、詠唱は省略されていた。
だが、精神集中と詠唱なしの魔法ではその回復力は微々たるものだ。
これでは到底間に合わない。だがしかし、心配はいらなかった。
「キュアラ!」
力強い叫びとともに指先から放たれた赤い治癒の風がリトラの体を包み、
瞬く間に彼の顔に血の気が戻る。
意識は当分戻らないかもしれないが、差し迫った危機からは逃れただろう
「……さすが上級魔族だな。」
「トーゼン。ついでに、あんたは吹っ飛んでなさい!コメット!!」
ナハルティンはルージュの賛辞に自信たっぷりに答えると、振り向きざまに次の魔法を唱えた。
「ぐわっ!」
まさか振り向きざまにくるとは思わなかったのだろう。
さらに追撃を仕掛けようとしていたマンティスリザードに、天から召喚された小さな隕石が衝突する。
まともに食らって激しく転倒したため、体勢を立て直すには時間がかかるはずだ。
だが、リトラが危険な状態であることに代わりは無い以上、このまま戦闘を続行することは出来ない。
「ちぃ……まずいな。ここはいったん退くか。」
「させはし―――。」
いったん引こうと判断した彼らに、
マンティスリザードがまた懲りずに追撃しようとしたそのとき、地面に大きな影が落ちた。
新手だろうか。いや、これは。メンバーが思ったのとほぼ同時に、影が動く。
「グィィィーーーー!!」
「な……ぐわぁぁ!」
今まさにマンティスリザードが攻撃を繰り出そうとしたその時、
強烈な突風が横方向からその体を吹き飛ばした。
マンティスリザードはまるで木の葉のように吹き上げられて、離れた場所にたたきつけられる。
見上げると、そこには巨大な影があった。
『クークー!』
「グィィ、ギュィィィーー!!」
おそらくは血の臭いをかぎつけたのだろう。
激昂したクークーは、全身の羽をぶわっと膨らませてマンティスリザードに激しく威嚇した。
普段の姿からは考えられないほど獰猛な光に染まった瞳が、
無様な姿になったマンティスリザードをにらみつけている。
「く……ズーの分際でよくも!!」
プライドが傷つけられたのか、
マンティスリザードは心底憎たらしげにクークーをにらみつけた。
しかし、そのまま言葉を続けさせるほど、ルージュは優しくなかった。
「貴様が消えろ!ダークラ!!」
「くっ!」
威力の低い魔法と共に襲ってきたツインランサーでの不意打ちに、
またもマンティスリザードは足止めされる。
彼がルージュの体当たり同然の攻撃から身を守っている隙に、他のメンバーは退却態勢に入る。
「降りておいで、クークー!」
ナハルティンに呼ばれて、クークーが着地した。
彼女の意思を察したルージュも、マンティスリザードの側からすばやく飛び退って戻ってきた。
それからナハルティンは、早口で魔法を唱え始める。
「虚無に刻まれし見えぬ道は、次元を越え何処へでも繋がる。
見知ったかの地の情景を刻む記憶の欠片よ、
次元の狭間に道を拓き、遥かなかの地へ我らを誘(いざな)え。デジョンズ!!」
早口で唱えられた詠唱が終わった瞬間、空間が裂けてパーティ全員とクークーが裂け目に飲み込まれる。
魔法で瞬間的に逃げられてしまえば、さすがに追撃もかけられない。
だが、焦ったマンティスリザードが体勢を立て直す頃には、裂け目はとっくに閉じていた。

いったん一行は、ふもとのチョコボの森まで引き返し、
留守番をしていたアルテマとポーモルを連れてからさらに遠くへとデジョンズで避難した。
到着したのは、近くに川が見える森の中。
場所は魔法を使った本人以外にはよくわからないような場所だが、
とりあえず当面の危険は回避できそうだ。
コテージを展開してから、備え付けのベッドにリトラを寝かせる。
「さーて……ここまで持ったかな?」
言いながら、ナハルティンはリトラの顔色を見る。
幸い、今は小康状態のようだ。
「縁起でもないことを言わないでよ!」
不謹慎な軽口ともとれる言動に、アルテマは本気で怒鳴りつけた。
もっとも、ナハルティンはふざけて言っていたのではなく、本気で言っていたのだが。
「ねぇ、リトラは大丈夫なの?どうしてこうなっちゃったの?
やられちゃったのはシヴァだけだったのに……。」
心配そうにリトラを見るフィアスは、事態を正確に把握出来ずに困惑している。
それはそうだろう。
リトラは直接傷ついていないのにもかかわらず、こんな有様になっているのだから。
それは日頃人に聞くことが多いアルテマもだが、
今回はジャスティスやナハルティンまで、腑に落ちないような顔をしている。
どうやら2人は、召喚魔法には詳しくないらしい。
「召喚魔法の仕組みのせいです。まず、魔法の仕組みから説明しますね。
召喚魔法で呼ぶ召喚獣は幻界……つまり違う世界にいる相手です。
それを呼び出すわけですから、普通ならとても大きな魔力が必要です。
けれど召喚魔法は、相手の魂に直接呼びかけて意思を伝え、
それに反応した召喚獣の意思でやってきてもらう形をとります。
簡単に言うと、こんな感じですね。」
「へ〜……。でも、これだけなら別に危ない感じはしないよね。」
「せやな。けど、呼ぶ時も召喚獣が来た後も、召喚士と召喚獣は特別な結びつきがあるんや。
滞在魔法力……時々うちやリトラはんは常駐MPって呼ぶんやけど、
それを召喚士が一定時間ごとにお金みたいに支払うことで、
召喚獣にこの世界に居ろって命令できる決まりなんやで。
けど、魔法力を渡すためには特別な状態になることが必要や。」
「それが、特別な精神の結びつきになるわけですね。
その状態には意識して移行するわけではなく、召喚するときにすでにその状態なんですか?」
「ええ、そうです。
直接魔力を渡せる関係ですから、召喚士には召喚獣の状態が直接響いてしまいます。
召喚獣はたとえ召喚士が死んでもあまり影響は出ないんですが……。
でも召喚士は、召喚している間に召喚獣が死んでしまったり、
死にかけるようなことがあったら、そのダメージは体にはね返ります。」
召喚獣、つまり幻獣は、魂や肉体の構造が違うためかダメージがほとんど跳ね返らないが、
召喚士はそうは行かない。ダイレクトに衝撃が体に現れるのだ。
不公平なようだが、これが事実だ。
「幸い、リトラはんはどうにか生きとるけど……。
もし召喚獣が死んでしもうたら、大体呼び出した召喚士本人は死んでしまうんや。」
「そ、そんな……!」
「ちょっと、マジで?!
じゃあ召喚魔法って、すっごく危ない魔法なんじゃないの?!」
ジャスティスとアルテマの顔色が変わる。
驚く2人に、ルージュは横からこう冷たく言い放つ。
「馬鹿だな。だからリトラは普段召喚魔法を使わないんだろ。
あいつだって、召喚魔法のリスクの大きさは知ってるはずだしな。」
「そっかー……。」
フィアスも何となく召喚魔法のリスクについて理解できたらしく、暗い顔でうつむいている。
「マジで召喚獣がやられたショックで死んだ召喚士もいるらしい。
ただ、大体召喚獣がやられること自体少ないから、こういう事故は幸いめったにないって聞いたけどな。」
“そうだよね……。召喚獣はとっても強いって私たちでも聞くもの。”
ルージュの言うとおり、死に至る召喚士はもちろん、
リトラのように重傷を負うケースも少ない。
そうでなければ、召喚魔法という魔法が今に残ってないだろう。
「めったにないかぁ……。じゃあさっきのモンスターって、そんなに強いの?」
「そうですね。確かに固有の大技を使う前には隙が出来るでしょうけど……。
それでも召喚獣の隙を突くなんて、並大抵じゃないです。」
「まぁ、そうだろうな。ただ、絶対不可能ってわけでもない。
むしろ隙を突こうとする態度の方が普通じゃないと思うぜ。」
大技にいくら隙があるといっても、普通は勘付かれて避けられるだろうし、隙がそう長いわけでもない。
そもそも、相手の懐に飛び込む危険は非常に大きい。
一撃でしとめる自信がなければ出来ないことだ。
「なんで?」
懐に飛び込む危険さは知っているものの、ルージュの言い方ではぴんと来ないらしく、とっさにアルテマが聞き返す。
鈍さに呆れて、ナハルティンがわざとらしく大きなため息をついた。
「聞くまでもないでしょー。
あんたさー、犬にかまれそうになった時、犬のべろをとっさにつかめる〜?」
「え〜……あたしならたたいちゃうけど。」
直感的にアルテマがそう答えたとたん、ナハルティンの周りの空気が一気に白けた。
『……。』
「ちょ、ちょっと何よその目!
かわいそうって目で見ないでくれる?!」
ルージュとナハルティンに哀れむような優しい目で見られて、アルテマは眉を吊り上げた。
しかし、悲しいかな。何故馬鹿にされたかは、彼女自身は全くわかっていない。
「アルテマさん、静かに!」
「ご、ごめん……。」
ペリドにぴしゃりと叱られて、アルテマは小さくなって謝る。
忘れてはいけないが、重症のリトラが寝ているのだ。騒いではいけないに決まっている。
状況判断が出来ない幼児のようなまねをしたことを恥じて、アルテマはしゅんとなった。
“それで、リトラ君はこれからどうなるの?”
一応最初の山は超えたように見えるが、
いつ回復するのかわからない以上、見ている方は心配だ。
ポーモルが心配そうに聞いてくる。
「……わかりません。
ルージュさんの言うとおり、召喚獣を倒されるというケースは多くありません。
リトラさんの場合、正確には召喚獣はかなりの重傷ということになりますけど……。
でも今は魔法のおかげで顔色もよくなったので、たぶん大丈夫だと思います。」
「なら安心だけど……ほんとに大丈夫なの?」
顔色がいいといっても、まだ少し病的に見える。
素人目にも、安心とは言いがたそうに見えた。
それでも、ペリドの見立てでは大丈夫らしい。
「はい。でも、目を覚ますまでは私が見るつもりです。
何かあったらいけませんから。」
「では、私も見ましょう。
しばらくしたら、ペリドさんと交代ということでどうですか?」
目覚めるまでは安心できないのが、今のリトラの容態だ。
出来ればつきっきりで面倒を見たほうがいい。
「それがいいだろうな。ペリドだけじゃ負担が重い。
2、3時間で交代して、夜は俺かナハルティンが見ればいいか?」
仲間の看病を、一人だけに押し付けるのは公平ではないし、
かかる負担も非常に大きくなってしまう。
まして今日はいつも以上に疲れているだろうから、お互いに協力し合うのは当然だ。
「ありがとうございます。じゃあ、そうしましょう。」
「お礼はいいですよ。同じパーティの仲間ですから、当然です。」
「やーだ、どっかで使い回されたようなセリフなんて言っちゃて〜。
ペリドちゃんのポイントでも稼ぎたいのー?」
任せてくれと頼もしい顔で答えたジャスティスに、
さっそくナハルティンが茶々を入れる。
至極まじめに言ったセリフを茶化されて、当然ジャスティスの導火線にあっという間に火がついた。
「な、何を言ってるんですかこんな時に!!」
「そうだよー!」
さすがにあんまりだと思ったらしく、
フィアスまで加勢してナハルティンに抗議する。
「単にからかってるだけだろ。いちいち本気にするなよなお前ら。」
「そーそー。熱くなっちゃってみっともな〜い♪
静かにしなきゃだめだよー?」
ルージュの冷めたセリフに、
ナハルティンがちゃっかり便乗してジャスティスの神経を逆なでする。
全く、このコンビはどんな時でも人を怒らせる天才のようだ。
「誰のせいですか!!」
案の定ジャスティスはぷりぷり怒って、ナハルティンとルージュに背中を向けてしまった。
どうやら、今は顔を見たくないくらいには怒ったらしい。
“ま、まぁまぁ……。
そういえば、みんなモンスターと戦ってから休んでいないんじゃない?
少し休んだらどう?”
「あ、そういえばそうだよね。
つかれてるだろうし……ポーモルちゃんの言うとおり休めば?」
山登りと戦闘に突発事態、
言われてみれば、精神的にも肉体的にも相当疲れているはずだ。
今日は休んでいたアルテマはともかく、幼いフィアスが気にかかる。
「そうだな……。フィアス、お前はおやつでも食ってその辺に座ってろ。」
「えー、でもぼくもリトラが心配……。」
寝込んでいるリトラを放っておいて、
自分がおやつを食べる気にはとてもなれないらしく、フィアスが口を尖らせる。
優しいという点ではほめてもいいのだが。
「まーまー。フィアスちゃんも疲れとるんだから、無理しちゃあかんで?
無理して熱でも出してしもうたら、皆心配するさかい。
リトラはんのことはうちらが見てるさかい、大丈夫やで。
それで、フィアスちゃんが元気になったら、やってもらいたいことをお願いするから、
今はたーんと休んでほしいんや。ええ?」
「うん、わかった……。」
リュフタに諭されたフィアスは素直にうなずき、
おやつは食べずに愛用の毛布を荷物から出した。
それからまとめた状態のままの毛布に寄りかかって、すぐに寝てしまった。
やはりちょっとした山登りで体が疲れていた上に、突発事態で神経もくたびれたのだろう。
一番幼い彼だけに、よくがんばったといってもいい。
「眠ってしまいましたね……。よほど疲れていたんでしょう。」
「そうだね。静かにしてあげなきゃ。」
風邪をひいてはいけないので、アルテマがもう一枚毛布をもってきてフィアスにかけてやる。
そして、ちらりと寝かされているリトラの顔を見る。
早く目を覚ませばいいのだが、まだその気配はなさそうだった。



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中盤のペリドの説明はぼろが出ないように気を使いました。
その結果、詳しい仕組みはあえて書かずにぼかしています。
ただ、アップ当日に一気に仕上げた部分があるんで、
ぼろがあったら生暖かい目で見過ごすか、おかしいってはっきり指摘してください(笑
あと、クークーがFF4のズーの割に強く見えるかもしれませんが、
不意打ちで吹っ飛ばしただけですので、深いことは考えないほうがいいです。
10−2なんかだと、衝撃波なんてのもあって相当強いんですけどね。